うどんのネギ
柳岡克子  和歌山県御坊市
 母が、昼食の準備をしている。鰹だしのいいにおいがしてきた。吸い寄せられるように私と父が台所に入った。今日のメニューはうどんのようだ。食器棚からうどん鉢を取りだした。父が言った。「ネギは?」母は、「あっ!ゴメン!忘れてた!」と言って、鍋を火にかけたまま包丁を持って飛び出した。
 我が家には隣の会社を挟んで、家庭菜園の畑がある。ネギや玉ねぎなど植えている。
玄関から出たとたん、隣の会社に来たお客さんが母を見た。母は、血相変えて右手に包丁を持って飛び出てきた。お客さんは、びっくりした顔で母をジロジロ見ていた。隣の会社の人なら畑の存在を知っているが、お客さんは知らない。大慌てで包丁を持った女性が家から飛び出てきた。お客さんが降りた車は都会のナンバーだった。隣の畑にネギを切りに行くなど想定しなかったのだろう。鍋の火を気にかけてあわてていた母をあやしい人物と思ったに違いない。通報されなかっただけでもよかった。
 しばらくして、ネギを手に取り、戻ってきた母は「私のことジロジロ見る変な人がいた。」と言いながら、にこにこネギを刻んでうどんの上に乗せた。私も父も状況を聞いただけで「どっちが変な人や」と突っ込みたくなるのを抑えた。
 いまだに、ジロジロ見られた理由を想像できない母はおいしそうにうどんを食べていた。