NHK教育テレビ「きらっといきる」に出演して
柳岡克子  和歌山県御坊市
 5月半ば、NHK大阪放送局から電話があった。昨年応募したNHK厚生文化事業団の作文で、2月に優秀賞をもらった私と佳作の1人が、4月から始まった新番組「きらっといきる」に出演させてもらえるという。教育テレビが毎週水曜日に午後7時10分から40分まで、障害のある人の生活や活動の映像を全国に流し、スタジオで3人の人とトークする番組だ。この電話をもらうまで、番組のことを知らなかったが、見始めてなかなかよかった。私なんかでいいのかとも思った。
 早速あいさつに来た。ディレクターというからには、中年のおじさんが来るんじゃないかと構えていたら、20代にもかかわらずしっかりした、優秀な女性だった。普段の仕事の様子と卓球の練習を撮影したいという。会社と日高高校と河南中学校に私の車で協力のお願いに行った。
 6月12日、土曜日夕方、機材を積んだワゴン車がわが家に止まった。織田ディレクター、相馬カメラマン、音声の高田君、大川運転手の4人と少し話して、わが家の家族と一緒に夕食を食べた。カレー事件ではよく和歌山へ来ていたらしい。
 13日、日曜日、休日急患診療所の撮影に入った。錠剤、水薬、粉薬の調剤と服薬指導を撮った。時間の関係で放送は粉薬の計量と渡すところのみ。家から持参したベビーいすに興味を示したようでインタビューされた。昼までかかった。昼食後、1時から始まるわかやま卓友会の練習のロケとなった。私の車の後ろからぴったりついて高速の入り口から写していた。いつものように体操から始まり練習の後、試合をした。接戦の末勝った。
 14日、車での出勤。私の軽の車に大きなカメラをかついで相馬君が乗った。狭くて窮屈な中でハンドルと足を別々に撮るというので何度も同じコースを回った。キリンに着くちょっと前で相馬君を降ろして、入り口にカメラをセットして入るところから撮った。白衣に着替えるところまで追っかけてきた。パソコンの前に座る。コンピューターを操る障害者は増えていてインパクトにかけるからとカット。客を装って近づいてきた知り合いの人とのやりとりは、不自然だと却下。キリンのマークも宣伝になるからと名札さえも写してくれない。インタビューは一杯しゃべったけど、流れたのはほんの一瞬。日高川を写したいというので、私は別に帰る。3時半、わが家の入り口を撮った後、また2台連ねて、日高高校へ。卓球部の生徒はユニホームまで着てくれていて、練習にも気合が入った。全員と相手してもらったけど、マイクを向けられると皆緊張してしまった。それより、音声の高田君が体育館の雑音を気にしていた。2時間かかって、疲れてきたけど、次は古川先生の待っている河南中学校だ。スマッシュ、ドライブ、ロング、つっつき、いつも通りの練習メニューをこなし、日誌を書くところまで撮られた。もうくたくたで、卓球台にへたりこんでしまったところ、まさか、カメラが回っていたなんて。夕日を撮りたいと待っていると、最高の夕暮れとなった。
 15日、薬剤師の免許状と大会でもらった賞状やメダルを用意しておくように言われた。盾やトロフィーは影になるからメダルを賞状の上においた。優勝とクラス6と名前がクローズアップされるよう、レンズを替えてかなり至近距離から撮った。昼が近づいて、料理をしているところを撮りたいといわれ、エプロンをかけてチキンライスを作った。お皿にもって、スープをよそい「食べるところはオフレコやで」と言ったけど「お母さんと会話しながら・・・」と言われ、2人で食べた。最後に母にインタビューを求められ「一生寝たきりと言われたけど、一歩、歩けた時も学校に行けた事も喜びは大きく、ゼロからのスタートだから苦労などとは思わず、すべて楽しみだった。卓球で今は私までついて外国へ行ける」と。素人とは思えないようなアクション付きでシナリオもないのに語った。
 というわけで、3日間にわたってのロケも修了し、4日間、お世話になったスタッフの人とのお別れが来た。ディレクターの織田さんは、これから局に戻って編集に入るが他の3人は、別の撮影で全国に飛び回るらしい。
 しばらくして「編集終わりました」と織田さんから電話が入った。「お母さんのインタビューよかったのですが、10分におさまりきれなくて残念です」だとさ。「実はわかやま卓友会もカットです」「えっ、せっかく和歌山まで車の後ろついて来てくれて半日がかりで撮ったのに」まあ、10分の映像のために4日もかけて、ほとんど編集でカットだなんて、大変なお仕事だなあと思った。
 6月30日、スタジオ収録の日だ。12時半にNHK大阪放送局到着。父も弟も仕事休んでのミーハー家族。着くなりロケ者の前でハイポーズ。昨日の大雨はどこへやら。少しずつ晴れてきた。おめかしして行こうと張り切っていたのに「スタジオで卓球してもらいますから、体操服で来てください」だって。案内されたスタジオで、司会のジェフ・バーグランドさんと牧口一二さんと小林紀子さんに会う。「わぁーテレビと一緒」の私の声にADさん、スタッフ一同大笑い。こちらへと入った化粧室。プロのメイクさんに「お年の割にはきれい」とおだてられ、いい気分。プロデューサーの泉谷さんが名刺をくれた。1時、打合せに入る。きらっといきるのセットの前にどこから持ってきたのか卓球台が置いてある。台本手にした織田さんは2階から指示を出す。カメラ3台、ADさんはカンペ(カンニング用のコメントを書き込む画用紙)を持ったり、お茶を出してくれたり忙しそう。2時半、さあ、本番です。10分の映像ここで初めて一緒に見た。ジェフさんが卓球したいと言ったみたいで、牧口さんも代わってほしいと言いだして、すっかり打ち解けて、柳岡さんからよしこさんに呼び方が代わっても不自然じゃなくてトークも盛り上がったところでおしまい。いつものように写真を撮ってさようなら。2本撮りだそうでジェフさん達は着替えて次のゲストと打ち合わせに入った。
 こんなふうにテレビが作られているのかと思うと、これからはちゃんと見ようと思いました。この番組の撮影にあたっては多くの人の協力がありました。編集でカットされてしまった部分が多いので申しわけなく思っています。でもこの番組を見て下さった方に少しでも励みに思っていただければ幸いです。ありがとうございました。