理科の先生の免許が取れる薬学部に行きたかったが、単科大学ではなく総合大学をめざした。それは、友達が薬剤師ばかりになるのはつまらないからだ。せっかく家を離れるのだからいろんな学部の人と交流したかった。大阪の伯母の近所に総合大学の薬学部があった。そこなら伯母に世話になりながら生活できるので親も行かしたかった。しかし、合格できなかった。当時の神戸学院大学は、神戸市の西区にあって田んぼの多い田舎だった。教職課程を取っていたので社会の先生の免許を取りたいという法学部の子と友達になった。祖父が不動産屋をしていたので宅地建物取引主任者の試験を受けたかった。その子に頼んで法学部の授業に潜り込んだ。薬学部は、授業料を払っているのだからと前から席が埋まっていた。けれど法学部は、後ろから席がいっぱいになっていた。遅れて入ったのに前に座って潜りがばれないか心配だった。帰ろうとしたら見つかって、正直「勉強させて下さい」と頼んだ。「君は薬学部だというのに熱心だね」と許可してもらった。その友達は、優秀で民法など、宅建の試験勉強でわからないことがあると教えてくれた。3回生になって実習が入ってレポートが忙しくなって潜りができなくなった。卒業してしばらくして宅建に合格した。
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