市民目線のまちづくりは明石市をモデルに | ||
社会福祉士 柳岡克子 | ||
私は、4年間神戸学院大学在学中、神戸市西区に住んでいましたが、生活の基盤は、隣の明石市でした。明石市と言えば、標準時子午線のある天文台と明石焼で有名でした。明石駅で降りて、20分ぐらい北に上がった神戸市との境目に大学がありました。買い物も明石まで出かけました。明石市の公民館で開催されていたカルチャーセンターの料理教室に通って野菜嫌いをなくしました。明石混声合唱団に所属し、定期演奏会を開催するため、毎週練習に行きました。そこで出会った明石の皆さんと交流し、おいしい店を紹介してもらいました。 1987年に卒業して32年になりますが、明石混声合唱団の定期演奏会を観賞するため、2年前30年ぶりに車で明石に行ってきました。たまたまカーナビが壊れていたけれど、4年間も住んでしかも車であちこち走り回った第2の故郷だからと高をくくったのが大間違いでした。明石駅は高架になっていて、駅にはエレベーターがついていました。飲み会の帰り明石駅の階段でつまずいて転げ落ち大けがをしたのが懐かしいです。街は見違えるようにきれいで発展していて、道も増え、私が住んでいたあすか寮も取り壊され、大家さんの家を探すのに1時間もかかりました。 2月9日、日本社会福祉士会近畿ブロック研究・研修が兵庫県で開催され、ポートアイランドにある神戸女子大学へ行ってきました。現在の神戸学院大学の隣の大学で窓から母校が見渡せました。 昨年、10月27日、和歌山県肢体不自由児者父母の会連合会で私が基調講演させていただいたときに、午後の分科会で、明石社会福祉協議会に勤務する青木志帆弁護士の講演を聞きました。青木氏は堺市出身で、脳下垂体の機能が低下する難病を抱え、疲れやすくホルモン注射と点鼻薬を毎日欠かせないにもかかわらず、明石市の福祉の向上に貢献しています。20代のころ、難病指定もなく、1度に18万円もする医療費助成が受けられず、「訴えてやる」と法律を勉強したのがきっかけで、2008年弁護士に合格した異色の才女です。 その青木氏が、社会福祉士会の近畿ブロックの研修会で、明石市長の代役として基調講演をしてくれるからには、ぜひとも聞きたいと申し込みました。 冒頭、急な講師の変更を司会者が謝罪し、青木氏は「明石市は決して暴言の街ではありません」と笑いを誘いながら、明石市の福祉政策を順番に説明してくれました。 明石市は、面積約50平方キロメートル、人口約30万人で年間約2000人6年連続増加、出生率も3年連続増加しています。そのため市税収入も6年連続増加、明石駅前には新規出店が2倍、地価は5年連続上昇しています。 明石市は、“インクルーシブなまち”をスローガンにすべての人にやさしいまちづくりをするために、在宅介護支援センターや地域包括支援センターとは別に専門職が総合的にサポートする地域総合支援センターを市内6か所開設しています。 まず高齢者施策として、認知症検診費用の助成・65歳以上の一人暮らしの方を対象に中学校区に「みんなの給食」を5か所スタートさせました。 障害者施策では、手話言語・障害者コミュニケーション条例を制定しました。そのうえで障害者配慮条例を制定し、合理的配慮の提供を支援する公的な助成制度を全国初で始めました。 犯罪被害者と更生支援は、安心・安全のまちづくりの両輪として、すべての市民のためのセーフティネット施策として総合支援条例を制定し、更生支援と再販防止に関する条例を制定しました。 こども支援では、地域のみんなの居場所として38か所のこども食堂や児童相談所の設置をしています。離婚前後の養育や無戸籍者支援をし、里親100%プロジェクトや児童扶養手当の毎月支給、中学までの医療費無料化、第2子以降の保育料無料化など大幅な予算をシフトし、まちの未来への投資と位置づけ、一人一人に寄り添っています。 現在の自治体は、国からの権限が移譲され自治体の自己決定の場が増加してきています。弁護士で社会福祉士の泉房穂市長が、再選されたのも市民目線で仕事をしてきたからだと思います。明石市にできることは御坊市でもできるのです。市長はじめ議員、行政と市民が御坊を住みやすい街にするために知恵を絞っていただきたいと思いました。 |