「放射線」を悪者にしないで
   〜中学理科教科書に復活〜
中学・高校理科教諭 柳岡克子
 私が理科を好きになったのは、小学校の国語の教科書に、千円札の肖像となっている野口英世の伝記が載っていたからです。幼いころやけどがもとで指が不自由になりながらも医学者として偉大な功績を残した博士にあこがれたからです。中学校に入り、理科を教えてくれたのが、阪本保征先生(現御坊市教育長)でした。当時の理科の教科書には「放射線」のことも書かれていて、関心を持った私は図書館でキュリー夫人をはじめ科学者の伝記を読みあさりました。それでますます理科が好きになりました。
 そんな理科の教科書から「放射線」の記述が消えていたなんて知りませんでした。30年ぶり復活ということは、あの教科書で教えてもらった最後の生徒なのですね。私より年下の世代は義務教育で「放射線」について習っていないのです。ということは私より若い学校の先生は習っていないことを教えなければならないのです。先生になったのだから大学で習っていても中学生にどう教えたらいいのか、難しいところです。
 キュリー夫人は研究中白血病で倒れました。確かに「放射線」は細胞を破壊し癌になる危険性があります。チェルノブイリの原発事故や広島・長崎の原爆で被害を受けた人がいます。しかし、その被ばくの時間や量や放射性物質の種類は、福島と同じではありません。ウランの核分裂によって生じるセシウム137は、半減期(「放射線」の量が半分になる時間)が30年の放射性同位体です。体内に入ると血液の流れに乗って腸や肝臓にベータ線とガンマ線を放射し、カリウムと置き換わって筋肉に蓄積し、腎臓を経て100日から200日かかって体外に排出されます。汚染された空気や飲食物を摂取することで、体内被曝します。しかし、どれぐらいの被ばくでどれぐらい危険か、いつ発病するかなど専門家でもはっきりわからないのです。それは「放射線」による人体への影響のデータが少ないからです。だから基準値といっても危険率という確率を計算して暫定規制値を定めただけなのです。専門家でもわからないことをむやみに恐れたり、「ただちに影響はない」などとごまかして安心しようとしたりするのは一番危険です。初めて聞く単位を恐れてしまうのは、あの新型インフルエンザの時のマスクの売り切れと似ています。
 五山の送り火にと岩手県から届いた薪から「放射線」が出たから燃やせないなど、慎重しすぎる行政の対応は被災地の人の心を傷つけます。確かに何百キロも離れた所でも汚染はされているでしょうが、福島の原発内で毎日働いている作業員は今もいくらかの「放射線」を浴びながら仕事をしているのですからこちらの方がはるかに心配です。福島の原発事故で「放射線」が原因で亡くなった人は事故から半年たった今もいません。そんな中でも交通事故や自殺で毎年何万人も死んでいる現状をどうとらえますか?交通事故の危険性があるからといって車も電気もない生活ができますか?今回の事故がなかったら、電気がどうして作られているか関心もなかった人がほとんどでしょう。CO2の排出がなくてエコだからと電気自動車やオール電化が売れたと思うと、電気が足りないから節電だと、右向け右、左向け左で世論が左右される国民性が怖いのです。
「放射線」は悪者なのでしょうか?今マスコミで取り上げられているベクレルやシーベルトという単位は研究者の名前です。それほどまでに文明の発達に貢献した「放射線」が嫌われ者になるのは心外です。
 「放射線」をだす物質を放射性物質といい、宇宙のビッグバンが起こった時は、地球は放射性物質の塊でした。だから宇宙には放射性物質がいっぱいあり、地球にも降り注いでいます。放射性物質は、半減期が決まっていて、考古学では、放射性炭素がどれだけあるかを測定することで遺跡の年代がわかります。今製造が追いつかないという「放射線」の測定機器の製造には「放射線」は不可欠です。医療では、病気の診断にレントゲン撮影やCT検査をします。癌の治療や医療器具の滅菌・殺菌、害虫の駆除や品種改良にも「放射線」が使われています。他には、セシウム原子時計や半導体の加工・空港の手荷物検査、ダイオキシンの分解、工場排水の浄化など工業や環境面でも活躍しています。このように「放射線」は私たちの生活の役に立っているのです。
 私は、教育実習で日高高校へ行く前、大学内の模擬授業で「放射線」をテーマに講義をしました。「放射線」の魅力に取りつかれ、科学を愛し、薬学を志し、子どもたちに大自然の神秘を伝えたいと思い、理科教諭の免許を取りました。科学は人類の未来に夢と希望を与えるために使うものだと子どもたちに伝えたいのです。決して原爆やサリンなど人殺しの道具にしてはならないのです。子どもたちには、新しい教科書で「放射線」について正しい知識を身につけ、正しく使える優秀な人材になるよう育ってくれることを期待します。名前が単位になっている科学者たちや福島出身の野口英世は今の日本をどう見ているでしょうか?「「放射線」は平和な世界を夢見て発見したのですよ。」と、嘆いているかもしれません。