幻の映画「氷雪の門」公開
  〜語り継がなければならない史実〜
NPO法人百人の会 柳岡克子
 23年前の夏、私は弟と北方領土視察研修旅行のツアーに参加しました。舞鶴からフェリーで小樽まで行き札幌経由でバスを北へ稚内まで走らせました。宗谷岬の間宮林蔵の銅像や、稚内公園の9人の乙女の碑や氷雪の門を見学しました。その後オホーツク海を知床、根室まで行き北方領土を遠くにながめました。バスでガイドさんは樺太真岡郵便局の電話交換手だった9人の女性の霊を慰めるために建てられた碑について説明してくれました。
 それまでは「氷雪の門」という言葉すら知らなかったのですが、毎年8月15日になると和歌山県民文化会館で「氷雪の門」の映画上映会があります。お蔵入りとなった幻の映画がなぜ和歌山で上映できたのかわかりませんが私も20年ぐらい前に観てきました。それが今年7月17日から36年ぶりに東京・シアターN渋谷で劇場公開され、8月7日から札幌シアターキノで上映され、大阪でも十三の第七藝術劇場で公開されます。
 『樺太1945年夏 氷雪の門』(配給・太泰、カラー119分)は、北海タイムス記者出身の金子俊男の「樺太一九四五年夏・樺太終戦記録」が原作で、企画・製作に9年もの歳月をかけ、製作費が5億数千万を超え、戦闘シーンを陸上自衛隊が全面協力し常盤炭鉱地にオープンセットを組み立ててロケを行うなどスケールの大きな作品として話題を呼びました。文部省選定や日本PTA全国協など各種団体の推薦も受け、前売り券も70万枚も売れていました。しかし、公開が予定されていた昭和49(1974)年3月29日を目前に、公開中止となってしまうのです。当時の新聞資料等は、ソ連大使館から外務、文部両省に「反ソ映画の上映は困る」との抗議により、配給会社が自粛に至ったと報道しています。6年前の平成16(2004)年、貴重なフィルムが発掘されました。本作に助監督として参加していた新城卓が中心となり、"映画「氷雪の門」上映委員会"を結成。フィルムをデジタル化し、上映活動を展開。作品に出会った多くの方の熱い支持を受け、今夏、36年ぶりの劇場公開となったのです。九人の乙女の碑
 9人の乙女の碑には《『みなさん、これが最後です。さようなら、さようなら……』の言葉を残して静かに青酸カリをのみ、夢多き若き尊き花の命を絶ち職に殉じた。戦争は再びくりかえすまじ。平和の祈りをこめて尊き九人の霊を慰む》と書かれています。
 現在ロシア領サハリンと呼ばれるかつての樺太では1945年8月15日の終戦の混乱の中、多くの日本人が死んでいきました。8月6日、米軍による原爆が広島に、9日には長崎にも投下されました。その日、ソ連は日本がこの戦いに負けると思い「日ソ不可侵条約」を結んでいたにもかかわらず一方的に破り、満州、樺太、北方領土に侵攻しました。北緯50度の防御線はまたたく間に突破され、ソ連軍は戦車を先頭に怒濤のごとく南下してきました。日本が無条件降伏を受け入れ、軍の攻撃停止を命じた玉音放送の翌日16日、ソ連軍が上陸。20日、真岡の町の沿岸にソ連艦隊が現われ、町は炎につつまれ、戦場と化しました。この時、24時間体制で電話交換業務を続けていた9人は緊急を告げる1本だけ残った電話回線を使い、町の人々へ避難経路を告げ、多くの人々の生命を守るため、彼女らは職場を離れませんでした。ソ連兵が目前に迫ったことを知り、最後のメッセージを別の郵便局に伝え、静かに青酸カリのプラグを引き抜きます。ソ連の侵攻作戦の真っ只中で、最後まで通信連絡をとり、若い生命を投げ打った真岡郵便局電話交換手9人の乙女の悲劇を描いた真実の話がこの映画です。
 監督は村山三男。キャストは電話交換手達を藤田弓子、二木てるみ、岡田可愛、木内みどりなど当時の青春スターが演じているほか、日本軍関係者に丹波哲朗、島田正吾、若林豪、民間関係は千秋実、田村高廣、浜田光夫、南田洋子、赤木春恵など往年のベテラン、個性派が勢ぞろいで日本映画全盛時代の演技を見ることができます。
 稚内公園の突端に、二本の塔が失われた樺太を遥かに望んで、厳しい風土に耐えて生き抜いた樺太島を象徴するかのように建つ女人像は「氷雪の門」と呼ばれタイトルにも盛り込まれています。樺太で亡くなった日本人の慰霊碑で戦争への怒りと、平和への願いを込めています。
 戦争と言うと広島や長崎、沖縄地上戦の悲劇は多く知られるところですが、日本の降伏後に侵攻したソ連軍による悲惨な地上戦の事実や今も返してくれない北方領土のことなど語り継がなければならない史実でしょう。
 私は、先日県の老人クラブ連合会の講演で「お年寄りにしかできない後世への社会貢献として、戦争時代の体験を子どもたちに伝えてください。」と話しました。今年は曲がりなりにも沖縄普天間基地について関心を持つことができました。物や食べ物がなかった頃を体験された方は平和への願いを込めて戦争について語り継いでいってほしいと思います。今年は8月13日紀南文化会館で2時40分から和歌山ブルーリボンの会主催で上映されます。この映画を多くの方にご覧になっていただきたいです。そうすれば9人の乙女だけでなく靖国神社に眠る英霊も慰められることでしょう。
参照 映画『氷雪の門』オフィシャルサイトより