御坊市の学校に通えて(中学校編)
 奈良県下市町で脳性麻痺の児童が中学校の入学を拒否され、裁判となった事例は大変残念なことです。障害の程度は様々で、介護度も違うので意見は差し控え、私の中学時代について書かせていただきます。
私は、生まれつき手足に障害を持ちながらも、御坊市の幼稚園と小学校を卒業することができました。前回書かせてもらいましたが、そこに至るまでには友達や父母の励ましだけでなく、教育委員会や先生方が理解し、力を貸してくれたことがあります。御坊小学校の先生はとても熱心に引き継ぎをしてくれたようです。小学校の頃は自分のことで精一杯で、歩き方がおかしいと振り向かれて笑われたり、そろばんがうまく出来ないとか落としたものが拾えないとか生活の中で困ったことがあってもそれが不幸だとか悲しいとか感じる余裕がありませんでした。ところが、思春期と言われる中学生になると、すべてのことを周りと比べてしまい、何でも気になってしまいます。
ポータブルトイレを中学校へ移して、父には壁に手すりを取り付けてもらいました。中学校の先生は、引継ぎのおかげで大変親切でした。「柳岡さん、大丈夫か?」「柳岡さん、いけるか?」「柳岡さん、気をつけて。」という具合でした。いつも気にかけてくれることはありがたかったのですが、周りの目を気にしました。「柳岡さんは足が悪いから先生にひいきされている。」と思われているのではないかと勝手に解釈して思い込み、せっかくの親切を「いい加減にして」と思うこともありました。「私を特別扱いしないで。」と言いたかったのです。実際はひいきだなんて思われることはなくて小学校からずっと一緒の友達は皆親切でした。小学校より急な階段の登り降りはいつも誰かに手を貸してもらいました。やんちゃな生徒も多かった御坊中でしたが、幸い私のような弱い者を相手にいじめてもかっこう良くないと思ってくれたおかげで、暴力を受けるようなことはありませんでした。
 しかし、私の中でアンジェラ・アキの「手紙」にあるような「負けそうで泣きそうで消えてしまいそうな」心の葛藤がありました。それは、親しくしていた友達から「放課後皆で○○ちゃんの家で宿題をしよう」と言う話が出た時でした。私は、皆と一緒に行きたいなと思いました。でも行けませんでした。朝、母に中学校まで車で送ってもらい、夕方迎えに来てもらっていました。自転車に乗れないからです。私だけができないなんて何と悲しいことなんだろう。何か取り残されたような気持ちになって、何でこんな体なんだろう、こんな体じゃなければ・・・。そう思うとますます悲しくなって、いっそ死んでしまった方がいいのではと短絡的に考えてしまいました。どうやって死のうか。将来への不安を胸に遺書まで書いて悶々と過ごしていました。
 そんな時、御坊中学校に吹奏楽部が出来ました。楽器が届いた日、音楽のF先生は「見においで」と声をかけてくれました。きれいな音色のフルートやピッコロを持たせてもらいました。親指が届きませんでした。クラリネットやサックスは小指が届きませんでした。トランペットやトロンボーンは重くて長い時間支えられませんでした。「先生、私にできる楽器ないわ。」と帰ろうとしたとき、ドラムにぶつかりそうになりました。せっかく来たのに吹ける楽器がなくていらいらしていたので思い切りたたいてしまいました。その時、「これや、これならできる。」と、やけになって投げ捨てたバチを拾い上げて持ち方を教えてくれました。「リズムに合わせてたたけばいい。」すぐに吹奏楽部の1期生として入部し練習に励みました。クラブではクラス以外の新しい友達もできました。ドラムをたたいていると気持ちがすっきりしました。放課後自転車に乗れないから寄り道ができないと悲しんでいた自分がうそみたいに「練習あるから」と誘いを断れるようになっていました。初めての演奏会を無事終えたとき、死ななくてよかったと思いました。
音楽との出会いは、後ろ向きで苦しくて憂鬱な日々から解放され、私を明るく変えてくれました。中学時代は、自分の心との戦いで、成長の過程にはなくてはならないものです。障害があるなしにかかわらず皆何かを悩み苦しんで乗り越えていくのです。私は、いい友達や音楽に出会えたおかげで、悩んでいても解決できないことを知りました。自動車に乗れる今思えば自転車なんか乗れなくてもそんなに深刻に考えることではないと笑えます。でも中学生には中学生の世界観があって大人の尺度では計り知れない悩みがあるのです。中学3年生の塾をしていると、あるお母さんが「うちの子が言うことを聞かなくて・・・」と相談に来られます。「お母さんが中学生だった頃のことを思い出してください。ヒントが見つかるでしょう。」と私は言います。
 多くの人に支えられ、義務教育を卒業することになりました。私は、同い年のマッチや杉田かおるが出ている金八先生のドラマを見ながら受験勉強をし、無事日高高校に入学しました。奈良県の女生徒はこれから中学生活を送るにあたって様々な葛藤があるかもしれません。悩むことがあってもしっかりがんばってせっかく入学できた中学校を卒業して欲しいと思います。私の高校生編は次回に。